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2016-12-13

画商Tetsuの視線9:問われる縄文時代2

画商Tetsuです

相変わらず空いた壁を探しております。

今回は縄文期のお話を、

土器を観ながら、考えていきたいと思います。

 

 

画商Tetsuの解説:①縄文時代と石器時代の分岐点

 

これは、東京国立博物館の展示から、

観るに、大きく分けて2つのことが

挙げられます。

 

 

1つは、

 

信仰の発現だと思います。

ものとしては、石棒や土偶に見られる、

象徴的なものが創られていること。

 

 

これは、どう考えても、

機能的な何かになるということは、

どう考えてもあり得ない。

 

石棒は、何とか道具として

使っていたとしても、

土偶は、説明がつかないですね。

 

何のためなのか?

衣食住のどれをとっても、

説明が付きません。

 

もう1つは、縄文土器の出現ですね。

土器というものを使って、

煮炊きをするようになったと、

考えられており、そこには、

機能とは、まったく関わりがない

縄目上の表現が観られる。

 

 

縄に使ったのは、最初は植物として

考えられているそうです。

 

 

あの縄目上の模様を前にして、

驚かずにはいられない。

 

 

なぜか?

 

 

今まで、狩猟しかしてこなかった、

人類が、機能的に使うものに模様を入れた。

 

 

何のために?

 

 

別に要らないんですよ。

本来そのようなもようなんて…

 

僕たちは、もはや皿や、

カップなどたくさんのものに、

模様が入っていることが当たり前ですが、

彼らの時代に、

 

ただ煮炊きするためのもの

 

これに模様を付けた。

 

これは普通にスルーしがちですが、

物凄いことですよ。

 

 

東京国立博物館の展示を考えた方は、

多分、それに至らない稚拙なものを、

観ているかもしれない。

 

展示としては綺麗だけど、

やっぱりその過渡期は観たい。

 

いきなりそれらが考古学的に

現れたとしたら、それは、

 

多分人間の側が、

それを仕分けしてしまっている。

 

この確率は、ゼロではないと思います。

 

どこか、もっと原始的な形が、

あり得ていいと思う。

 

石器があれほど、

精巧に作られているのであれば、

土器も同様に序列だって作ったはず…

 

なんかそう考えたくなりませんか?

僕だけかな(笑)?

 

画商Tetsuの解説:②縄文時代外観

 

縄文時代は、早期、初期、中期、晩期と分かれます。

その後、縄文文明を貫いた北方の人々

彼らによって、続縄文時代と呼ばれる

時代区分があります。

※本当は、草創期と後期があります。

 

 

続縄文時代は、現代のアイヌ民族に

つながっています。

 

 

早期の土器には、縄目模様は観られず、

粘土を押し付けただけの簡素なつくりですが、

描くという行為は、その中に見られます。

 

 

付けなくてもよかったものを、

付けたということは、

どのような意義があったのでしょうか?

 

 

私とあなたのものを分けるため?

それはなんだかおかしいですよね?

 

 

 

定住もしていない段階で、

組織的な社会の中での個が

誕生していたとは、とても思えません。

 

 

 

逆に、そこに何かしらの

おまじない的なこと方が、

よっぽど、しっくりくる。

 

 

持ち運びのためであろう

穴が開いていることもうかがえますね。

 

 

初期になると縄目模様が

ふんだんに観られます。

縄文土器ですねというような、

縄目はっきりついた土器です。

 

ただこの模様に関しても、

色々なパターンがあり、

非常に手の込んだものになっています。

 

縄文人の手先の器用さがよくわかります。

 

この時期になると、浅型の皿のような、

土器も登場します。

 

 

そして、中期がもっとも、

装飾が煌びやかな時代です。

火焔型土器など、形状そのものを

変化させるような、立体的な土器文化です。

 

本当は写真を挙げたいですが、

撮影禁止だったので、

写真を撮ってません。

 

グーグル先生にお力を借りてください。

 

 

そして、晩期ですが、

晩期の土器になると、

早期に見られるような

先端がとがったカタチよりは、

自立型の土器が多くなります。

また縄目も一部だけ使って、

のっぺりした部分もそのデザインの中に、

取り入れていて、全体のバランスまで、

構成されていることがわかります。

 

 

またお香を焚くための土器なども

みられます。

生活習慣が少しずつ変化したことが、

見て取れます。

 

彼らの生活は、どのようなこと

だったのでしょうか?

 

画商Tetsuの解説:③縄文土器と生活

 

さて、土器を外観したところで、

今度は生活の変化を土器から、

考えてみます。

 

BC11000~

早期の土器は、自立できないような、

先端のとがった形状をしているものが、

ほとんどです。

 

 

現代の僕たちからしたら、

使いづらいなぁっと思ってしまいますが、

逆に、その考えから、

どうしてその形だったか?

観えてきます。

 

僕は2つの理由からなると思っています。

 

1つは、岩を並べただけの簡素なかまどで、

煮炊きに使ったからというもの

 

もう1つは、定住していないので、

基本的にどこかにおいて使うというよりは、

持ち歩いて、使うときだけ、使うため。

 

つまり、保管の役割が必要ないということ。

 

 

ここから、早期の縄文人は、

基本的に狩猟を主に生活をしていた

と考えられます。

 

また、水辺の周りからの出土が多く、

丸太の中身をくりぬいて作った、

丸木船で、漁に出ていたことがわかっています。

 

 

BC4000-3000

では、前期はどうかというと、

前期には、浅型の土器も出てきます。

 

ここに早期との大きな違いがあります。

このころになると、

採集をしていた可能性が高いです。

 

狩猟という確率論的な、生活から

 

植物を食べる文化へ

 

このようなシフトチェンジを感じられます。

この時代は今よりも平均気温も低かったので、

育った植物も違ったでしょうが、

それでも、狩猟のみの生活より、

確実に安定した生活ができていたと思われます。

 

 

BC3000-2000

次に中期ですが、

このころになると、先述のとおり、

土器の形状に大きな変化が見られます。

 

ここからわかることは、

強烈な呪術的な信仰心をこめて、

作られていると考えることができます。

 

また同時期に石棒などの、

呪術的で象徴的な信仰が観られます。

 

 

完全に素人の憶測で物を言うと、

採集という一つの安定形を観た人類は、

狩猟の非安定性に不安を覚えた。

 

安定の出現による、不安定の発見。

これが強烈な、呪術信仰をあおって、

土器に込められたのではないか?

 

 

そのように僕には映っています。

 

BC2000~400

さらに晩期ですが、

このころになると、蓋つきの土器や、

自立可能な土器が多く、

また、お香を焚くための土器なども、

出土していて、生活がより安定したことを、

物語っています。

 

浅型のものから、保管用。

煮炊き用など、機能的な形状へと、

土器の形状も安定してきます。

 

 

土器の形状の安定が、

生活の安定の指標とまでは、

言えないですが、少なからず、

1つの考え方としては、ありかと思います。

 

 

画商Tetsuの解説:④祈りの発現

 

縄文時代を考えるうえで、

前縄文期の大きな違いは、

まさに、祈りの発現によって、

説明できると思います。

 

世界最古の土器が出土した、

日本の土器は、その最初の時点から、

装飾がすでになされていたということ。

 

この点は、ものすごく大きなことだと思います。

 

これは、祈りということが、

この時から発現していたと考えるのに、

十分な根拠といえると思います。

 

ラスコーの壁画が、BC15000であることから、

石器自体にも呪術的な信仰はあったかもしれません。

しかし、石器だけでは、それを考えるのは、

難しいかもしれません。

 

土器に見られる装飾の変遷は、

祈りの形態の変化ともいえるでしょう。

 

土器という一つのテクノロジーを、

最初は、扱い方を覚えるところから、

それをコントロールできるようになると、

形状に対して、手を加え、

より強力な呪術的な信仰。

祈りがあったと思います。

 

 

なにより、中期の火焔型土器は、

正直、現代アートの領域にあります。

 

というより、縄文時代の全ての、

土器は、僕らの時代にない、

生命の原始的呼吸のような、

エネルギーを感じざるを得ません。

 

土器に込められた祈りの強さと、

その純粋さがまさに形状に現れているからです。

 

決して機能美に回収されることのない、

生のエネルギーの発現。

これを縄文土器に感じることができます。

 

僕たちが、これから直面するであろう、

生命のありかたの問いを、

僕たち現代人は縄文文化を前に、

大きな発見を観る可能性があります。

 

現代アートとして、縄文土器を観ると、

その表現力に圧倒されます。

 

その表現力はどこから来るのか?

 

これを考えると、それは、

縄文人たちの

 

強烈な祈り

 

これによるのではないでしょうか?

 

僕たちが、これから失っていくかもしれない、

その強烈な信仰心は、

現代を生きる僕たちに対する、

縄文人からのモールス信号なのかもしれません。

 

 

そんなかんじで、

今日はこの辺で…

またね☆ミ

画商Tetsu

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