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2016-11-10

画商Tetsuのギャラリーレポート1

今回はギャラリーレポートです。

ギャラリーレポートでは、

作家さんの紹介や、作品から僕が感じ取ったことを

お伝えさ

ではさっそく

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【画商Tetsuヴァニラ画廊さんへ行く】

つじの えるさんとcharmalさんの個展がやっていました。

 

実は時間の都合で、

つじの えるさんの展示はしっかり見れなくて、

作家さんに申し訳なかったです。

さっと観た内容では失礼にあたるので、

サラッと最後に紹介させていただきます。

 

charmalさんの個展

 

charmalさんの展示を最初に観たのですが、

最初の4点目の作品だっと思うのですが、

その作品だけ、作品とのコミュニケーションが難しかったです。

2012年の作品だったと思います。

 

現在に進むにつれて創作の核心をはっきりしてきて、

ある意味表現がわかり易くなってきます。

もし、普通に観るのであれば、最新作をから観ると観やすいです。

けれど、chamalさんの変化を楽しむには、

展示順に観ると世界観の世代変化を楽しめるので、

非常におススメで楽しいです。

 

僕の印象では、chamalさんの絵を端的に表現するなら、

 

 

「光と闇の有機的な総合」の表現としての身体描写です。

 

 

すみません。

カッコつけて難しい言葉並べました。

 

 

一言にするとこうなりますが、実際描かれていることは、

結構シンプルです。

 

 

フラットで漫画的人物表現と、細密なドクロや蝶の描写、

同様に細密な蜘蛛の描写、水のような有機的カタチの表現。

 

それがもたらす境界線の曖昧な画面の構図。

 

 

ザックリいうとこんな感じです。

初期の作品は、人物像(肖像)と身体の分離作業がメインで、

そこに同時に明るい表現と暗い表現を、

同時に画面に成立させようとする意志が見えます。

 

作品のメッセージと世界観の移り変わり

 

現在により近接するにあたって、

人とヒトの境界があいまいになり

身体は細密に描かれた無機質な骨格へ後退していきます。

 

 

しかし、それと反対に構図の全体像は、むしろ有機的に発達していきます。

この境界点を僕は蜘蛛の絵が描かれた作品に観ました。

 

 

画面手前に人の手の形を連想させる蜘蛛の描写があります。

一方で、主体である人物の腕が蜘蛛手へ伸びている様に観えます。

 

 

この表現は何かしらとの別れの様に観えました。

作家さんに聴けばよかったのですが、実は結構急いでいたので、

確認しそびれました(笑)

特に意図がなかったら僕の憶測です。

 

 

現在に近しい作品は、フラットな漫画的人物描写よりも、

細密な身体表現や、有機的構図の方が全体的に目立ってきます。

 

 

ヒトと人の境目を身体の骨格と蝶や流体的背景表現で、

無機的な生物像と有機的な人物像という対比を

身体という共通項を通して画面にまとめられていきます。

 

展示全体からみるchamalさんの問題提起

 

人のヒト化(人間の機械化)やヒトの人化(AIの人類への接近)

これを感じさせてくれる作品群でした。

 

 

近代化を経験した突端としての現代において、

僕らが直面するであろう、

あるいはもう直面している問題設定を、

先取りしている様にも観えました。

 

 

まぁいっぱい書きましたが、みんな行ってきて!!

ってことです。

でももう終わってるけど…

 

つじの えるさんの個展

 

さて、つじの えるさんの作品は、実は僕が説明するまでもなく、

アーティストさんが自己紹介されています。

なので、読むとわかる展示になっています。

 

 

正直僕は、文章をほとんど読んでませんが、

伝えたいことはわかりました。

でも絵とお話ししていないので、僕はここで書けません。

 

 

ってことで行ってきてください。

 

端的に言うならどんな絵?

 

つじの えるさんの絵を例えるなら現代の宗教画ってこんな感じ…

と言う様になりますね。

 

 

つじの えるさんが宗教色が強いということではないです。

現代に西洋の宗教画の表現を復権するなら、

こうなるだろうぐらいです。

 

書いておいてなんなんですが…

 

僕は上述のような説明文章は大嫌いです。

こういう文章って…

 

書いておきながら、こういう表現は嫌い(笑)

 

今まであったカテゴリーに作家を閉じ込めるじゃないですか?

作家はカテゴライズされるために描いてるんじゃなくて、

自分を、あるいは自分の問題意識を投射するのであって、

これまでの絵画がどうだったかにわざわざ型ハメしなくていいんですよ。

 

 

今までどうっだったかより、作品が何を語ってるか?

 

 

これが大事だし、そういう声があるから、

絵とのコミュニケーションって成り立つわけで…

それがどのカテゴリーにも当てはまるかはまらないか?

 

 

 

そんなもんどうでもええわ!!

 

 

書きたくない文章書いてしまったので、

自分に八つ当たりしました。

申し訳ございません。

 

 

まだ会期あるので、時間が取れれば作品の声を拾いたいなぁ。

でも、今週はちょっとダメかもなぁ…。

 

つじの えるさんごめんなさい。

次回作品展示される際は、ぜひお声かけください。

このページにいらっしゃることを心からお待ち申し上げます。

 

そして、charmalさん。

今日は作品拝見させて頂きましてありがとうございます!

ここに書いてある内容にお自身の作品に微塵でも相違があれば、

是非ご指摘ください!

 

僕も誠心誠意絵画とのコミュニケーション力に磨きをかけます。

 

最後になりましたが、

ヴァニラ画廊の林様。

僕のお話しに付き合って頂きましてありがとうございます!

僕もギャラリーの皆さんにご協力できるように日々研鑽いたします。

 

 

本日は皆さまありがとうございました。

最後まで観てくださった方へ。

ヴァニラ画廊で土曜日まで会期残ってます。

銀座にて展示やってます!

お近くの方は週末のご予定リストの候補に入れてみませんか?

ギャラリー

http://vanilla-gallery.com/

つじの えるさんHP

http://morumeiyu.wixsite.com/erutsujino

 

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