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2016-11-20

現代アート思考 画商Tetsuの視線2

画商Tetsuです。
今日は、過酷な話をしなければなりません。
それは、僕たちが文化を失ったことについてです。

その経緯をもう一度再確認することで、
今一度僕たちがこれから何をしていく必要があるのか?
考える機会を作りたいと思いました。

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【ロストジェネレーションズ】

※僕らはこうして文化を失った。

 

バブル期に何が起こったか?

時を巻き戻して、
90年代に遡ります。
90年代といえば、
バブル崩壊を迎えた時代であります。

一般的には1991年というのが
バブル崩壊期とされますが、
実際一般社会の生活まで、落ちてきたのは、
世紀末の1996か1997年頃かと思います。
ちなみに、1996年は岡本太郎さんの没年です。

これを社会に出る成人の年齢に置き換えると、
現在30代から40代の人がこれに当たります。

また、時を戻して、バブル期…
つまり80年代から90年代中ほどまで、
アートを取り巻く環境は、
今と全く異なっていました。

どのように異なっていたかというと、
銀座のギャラリーに人があふれ…

そこでは、「これは明日にいくらになる?」
などという会話が日常的にあった時代です。

つまり、アートはその頃
投資の対象であったということです。

それは株のようなもので、
日に日に価値が移り変わる、
そんな時代でした。

芸術的価値…つまり、
表現としての芸術の価値と

流通価値…つまり、
投資としての価値(価格)が
釣り合わない時代でした。

もちろん流通価値が先行し、
表現としての価値は、流通価値ほど、
意識はされていませんでした。

バブル崩壊後アートに何が起こったか?

バブル崩壊(1991年)を迎え、
それが社会生活に落ちてくる中で、
芸術の投資的価値はゼロになりました。

しかし、資産としての芸術の価値は、
流通価値と関係なく据え置きになりました。

つまり、固定資産としての価値は、
取引した時から変わらないということです。
もう誰も買わない(売れない)のに…です。

これによって…
アート作品を買うということ…
と同時に…
それを保有すること…

これが、
どちらかというとマイナスに、
なってしましました。

その結果、投資的価値ゼロで、
固定資産費がかかるものに、
誰も興味がなくなりました。

バブルがもたらしたのは、
芸術的価値の軽視だけでなく、
投資的価値の破壊と、
また、芸術そのものへの関心の減退でした。

バブル期のアートにおける恩恵

けれど、バブルは少なからず、
芸術を愛する人々を生んだのも確かです。

実際、今日でも
銀座のギャラリーお見えになる方々は、
ご高齢の方が多いですし…

同時に、カルチャーセンターで、
絵画の勉強を始められる方々も多いです。

 

ロストジェネレーションズの重責

 

しかし…

現在40代の作家さんは、美大を卒業してから…

ずっっっっっっっっと氷河期のような中

活動をしてきた人達です。

現在30代の作家さんは、
リーマンショックを目の当たりにして

社会に放り出された人達です。

そのあいだ…

ずっっっっっっっっと

あきらめなかった人達が、今日まで創作しています。

21世紀美術はそのようなものです。

流通価値ゼロで誰も振り向かないなか、
ずっと、自分の信じる道を確かめながら、
歩いてきた人達です。

もう、そろそろいいんじゃないですか?

もういい加減認められていいんじゃないですか?

もうこれ以上この人達に、文化の重責を担わせるのは、

いいんじゃないですか?

バブル期は、欧米へのあこがれがありました。
バブル崩壊後、僕たちは、
自分たちのことが信じられなくなってしまった。

それでも、

自分たちの築いてきた文化を

信じて活動して来たのが

アーティスト達です。

彼らは、僕たちの分も背負って、

日本文化を守ったり、

育んだりしてくれた人達です。

ロストジェネレーションズ…

失われた世代たち。

何の評価もされず、

まったく見向きもされず、

それでもなお、

やり続けた人達です。

 

アートの兆しと展望 未来へ向け飛翔の時

昨年、1月1日より、法律が変わりました。
固定資産税に関する法律です。

100万円未満の美術品は、減価償却可能になりました。

それまでは、20万円だった…。

そろそろいいんじゃないですか?

ロストジェネレーションズ…

僕たちの代わりに文化を守り、育んでくれた人達。

彼にスポットライトが当たっても、
いいんじゃないですか?

そろそろ、いいんじゃないですか?
これからの、自分の孫や息子・娘に、
夢を描く社会を与えても…

僕たちが失ったのは、流通価値ではない!

むしろ…

僕たちが失ったのは…

明るい未来を描ける社会と、
そこに向かうモチベ―ションです!

いつまで失っているつもりですか?

オリンピックに向けて世界の視線が集まる中、
僕らは自分たちの文化に無関心すぎやしませんか?

僕たちの文化を守って、

育んできてくれた人達に、

感謝を返しても、
そろそろいいんじゃないですか?

リオオリンピックでの活躍で、
スポーツの世界は明るくなりました。

それも、次の東京オリンピックへ向けて、

選手強化に予算を割き選手コーチ一体となって、

頑張って来たし、

そこに対する視線の誘導があった。

だから、結果が出た!

観られる環境と、魅せる機会を多くして…

選手は見事に応えてくれました。

文化はどうですか?

おもてなし?

僕らの文化は、おもてなし“しか”ないんですか?

うら(裏)・おもて(表)・なし。
ゆえに、まごころ(真心)。

まごころを持って…

僕たちの文化を評価してあげましょうよ。

それが、僕たちが失った時間を埋め合わせる、

唯一の方法だと思ってます。

まずは、まごころ(真心)をもって、
アート作品と向き合ってください。

彼らの背負ってきたものが、
必ずそこにあるのだから…

今日は熱くなってしまいました。
気持ちが昂揚しています。
ここまでご拝読ありがとうございました。

それでは今日はこの辺で…
またね☆ミ
画商Tetsu

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