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2016-11-15

アート鑑賞ってお洒落でカッコよくて素敵じゃないですか?

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画商Tetsuです

今日はパーソナルなお話しをします。

僕がブログをやっている目的です。

つまらないので、読まないでください(笑)

 

趣味アート鑑賞ってカッコよくないですか?

このブログを通じて一人でも多くのアートに関心がある人を生み出すこと

これが僕のブログを書く理由です。

 

このブログを開いた皆さんは、少しはアートに興味がある人だと思います。

そこで僕は一つの価値観を伝えたい。

それは…

 

趣味アート鑑賞

 

これカッコよくないですか?

これオシャレじゃないですか?

これ素敵に聞こえません?

これ教養ある人だなぁって思いません?

 

この価値観みんな持ってると思うんです。

ただみんなやり方教えてくれる人居ないし…

 

仮に居たとしても、難しい専門用語を並べながら得意げな話し方しませんか?

そういう人達は、○○年の何とかって人の作品がどうだとか、

その人の生涯とか背景を言いながら長々説明しませんか?

 

アート鑑賞を趣味にするためには…

 

そんなことどうでもいい!

マジでどうでもいい。

 

だって、作品がそこにあって観るだけじゃないですか?

それが良いなぁって思うか?

心が動くかどうか?

 

好きな音楽を判断するのに、

いちいちその人の生涯とか背景を気にしますか?

気になる映画を観るのに下調べしますか?

やんないっすよね?

 

だからどうでもいい。

むしろ、最初に聴いて直感で

 

あっ!いい!こういうの好き!

とか

映画の宣伝みて

面白そう!

とか

 

そう思うから行くと思いません?

 

だから、アート鑑賞も同じなんですよ。

観ればわかるということです。

触れれば体感するということです。

 

アート鑑賞の価値観/高齢化社会とバブル期

今アート鑑賞を趣味にしている人は、みんなご高齢の方が多いです。

特にギャラリーの個展なんかに行くとすぐわかるんですけど、

ご高齢の方とアーティストの身内の人ばかりです。

 

なぜご高齢の方が多いか?

日本のバブル期にアートは凄く売れたんです!

投資の対象として不動産と同じような感覚で取引されていました。

でもバブルがはじけた時、アートは「売れない高価なもの」となりました。

20年以上前の話です。

 

そして、その時アートに触れていて、

本当に好きな人が今もギャラリーを回ってくださっているのです。

だからご高齢の方が多い。

 

それ以外はアーティストの知り合いばかりです。

 

美術館では、数百年前とかの絵画が何回も来て大勢の方に観て頂いていますが、

銀座のギャラリーには続々と新しい作品が出ているのに、

少数の身内と本当にアートがお好きな方々にだけ観られています。

 

毎年のように来るルーブル展に、大勢の人が行きますが、

毎週のように入れ代り立ち代わりする、

銀座のギャラリーには全然人がいないんです。

 

毎年運ばれてくる、お決まりの野菜の詰め合わせと

毎週入れ替わる新鮮な野菜の詰め合わせならどっちがいいですか?

 

僕は、毎週入れ替わる新鮮な野菜の方がいいです。

お決まりのパターンは飽きが来ないからお決まりなんですが、

逆に言うと、いつでもそれは見れるということです。

 

いつでも見れるものにお金を払って観るのと、

今しか見れないものをタダで観れるのと

どっちがお得でしょうか?

 

何百年と残っている作品は、もちろん素晴らしいものです。

時代を越えてなお輝いているものですから…

でもいつでもそれは観れるんです。

 

ギャラリーに掛けられた作品は二度と見れないものがほとんどです。

だからこの貴重さをちょっとは理解いただくと、

美術館だけでなくギャラリーの作品も、

面白いことが理解いただけると思います。

 

悲しいアート作品の運命

先ほどギャラリーに掛けられた作品は二度と見られないと書きました。

ギャラリーで1人のアーティストが展示を行うことを個展と言います。

個展では、ギャラリーの壁一面にそのアーティストの作品を観ることができます。

 

そこでは販売も同時に行われるので、価格表があったり、

値札が横についてたりします。

 

コンビニのようなものです。

商品と商品名と値札。

 

絵は版画でない限り。この世に1枚しかないので、

売れると、展示会期中は赤い待ち針みたいな〇がついてり、

赤いシールが張られています。

それは、売れたことであり、

一個しかないものであれば、売り切れという意味でもあります。

 

でも先ほど触れたように、ギャラリーに人はほとんどいません。

なので、売れません。

会期が終わると売れ残った作品は、全部段ボールに梱包されて、

アーティストの家や倉庫に戻って二度と日の目を浴びることはありません。

 

作品の寿命は、会期と同じです。

その展示が終わったら、

よほど回顧展という形をとらない限り展示されません。

回顧展自体、基本的に売れてる人か、

引退間近の人しかやりません。

 

そういう悲しいアート作品がたくさん埋もれているんです。

 

壮絶な現代アーティストの活動と生活

個展(アーティストが単独で行う展示会)には費用が掛かります。

銀座の一週間は25万~30万です。

それを自費で出して、作品は一つやっと売れるレベルです。

広告用にダイレクトメールも自費製作です

 

売上:数万

経費:40万弱

利益:▲35万

 

完全に赤字です。

でも作品をみせる機会はそこしかありません。

 

大勢のアーティストは、創作以外のお仕事をして、

そこで得たお金をほとんどすべて展示に使っています。

それでもアーティストは描いているんです。

 

ものすごく強い創作意欲と精神性です。

むしろ、使命感です。

今を生きる30~40代の日本人アーティストは、

その使命感の下で創作しています。

 

でなければ、やってられません。

僕はこの人たちのために何かできないか?

そう思い始めました。

 

アート・ファッション・デザイン・芸能・スポーツ全部繋がってる!

僕自身アートは、いろいろなことと繋がっていると考えています。

 

デザインはアーティスティックなものから影響を受けています。

ファッションも、ハイブランドのコレクションは立派な着るアート作品です。

芸能も同様に伝統芸能なんかはその演舞がそれ自身アートです。

スポーツも動作という点で繋がっています、

画家は描きたいイメージを描くという動作に変えて描き出します。

たとえは、卵の絵を描こうとして、きれいに楕円が描ける人とそうでない人がいるように、

描くこと自体に練習が必要なんです。

だから野球の素振りと線をちゃんと描こうとするということは練習するという意味で同じです。

 

こうして、いろんなことをつなげてみると、

アートっていう言葉の意味は拡がります。

アートは何も壁に掛けられたものや、

作為的に置かれた物だけではありません。

僕は、スポーツとアートは極限的に近いと思っています。

だって…

 

世界新記録の瞬間は常にアーティスティックです。

 

日本人にとってリオ五輪の4×100mリレーは、確実にアートです。

1人として9秒台の選手がいないチームが、

そのバトンのパス技術で素晴らしい記録を打ち立てました。

 

日本人にとって、いや、世界のラグビーファンにとって、

2015年9月19日の日本対南アフリカ戦、最後の10分間は間違いなくアートです。

あの瞬間どれだけの人が日本を応援していたかわかりません。

ただ、Japanチャチャチャという歓声が会場を取り囲んでいました。

誰もが、諦めずに勝ちに行く日本に心打ちふるえたのです。

 

アートとは、そういうことです。

アートは何も美術館だけに限られません。

日常の何気ない仕草の一つ一つも突き詰めればアートです。

 

僕は、このブログでこの世の中を変えたい。

アートを観る文化を日本に打ち立てたい。

その文化で日本って何なのか?

僕たちは何者であるのか?

それができれば、勝手にわかるはずだと僕は信じています。

 

アーティストの皆さん力をお貸しください。

アートに関心がある方、僕が観方を教えます。

 

高飛車な難しい言葉で着飾った、

見栄を張ったそういう観方じゃなくて、

等身大の言葉で、等身大の感覚で、みんな見ればいいんですよ。

 

だから、最後にもう一度言います。

 

趣味アート鑑賞って

 

カッコよくないですか?

オシャレじゃないですか?

素敵じゃないですか?

教養あるように思いません?

 

それではまた!

Tetsu

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