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2016-12-09

【入門】画商Tetsuが解説 ピカソが使ったキュビズム

画商Tetsuです。

今回は、みんながわからないピカソのお話

ピカソのが絵がよくわからない。

こういう声はよく聞きます。

そこで、彼がよく使ったキュビズムという

1つの表現方法をお伝えさせて頂きます。

 

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キュビズムってなに?

とりあえず、グーグル先生に聴いてみた。

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ウィキペディアによると…

キュビズムは、20世紀初頭に

パブロ・ピカソとジョルジュ・ブラック

によって創始され、

多くの追随者を生んだ

現代美術の大きな動向である。

それまでの具象絵画が

一つの視点に基づいて

描かれていたのに対し、

いろいろな角度から見た物の形を

一つの画面に収め、ルネサンス以来の

一点透視図法を否定した。

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何かわかりづらいですよね?

僕もそんな風におもいます。

キュビズムが誰が考案したかとかは、

僕らが観る時にはどうでもよくて、

どうやって理解したらよいのか?

これだけだと思います。

 

キュビスムを一言でいうなら、

 

ものを展開図的に開いて描くということです。

 

…で結局わかんねぇじゃねぇか?

というわれるので、 もっとわかり易く

これから説明します。

 

画商Tetsuのキュビズム解説

まずこれをみてください。

img_8040

 

この白い入れ物なんですか?

 

 

 

マグカップですよね?

あまり、上手ではないラテハートが、

描かれていますが、

その提供する心に感謝ですね。

 

話を戻しますね。

これは、マグカップです。

それは、わかりますね。

 

ではこれはどうですか?

img_8042

マグカップですよね。

間違いなくマグカップですよね?

僕たちは、これがマグカップだって認識できるんです。

 

 

与えられている情報は、

ラテが入った白い入れ物ということです。

何が言いたいかというと、

カップの条件である、持ち手がないのに、

 

 

僕たちはこれをマグカップだとわかっている。

 

 

これは、逆に裏を返すと、

持ち手が観えてなくても、

向こう側に持ち手があるということを、

僕たちは確信しているということ。

だから、僕たちの意識の中では、

その目に映っていない、持ち手も観えているということ。

ロゴも同じです。

 

 

だったら、それも書いてしまえということで、

ピカソの絵画は一つの面に、

べつの角度から観た絵が描かれています。

 

観る側に相当な想像力を要求します。

けれども、その表現の複雑さを理解して、

それを観て理解できるということが、

ある種のステータス感を持ちます。

 

この表現法をうまく使った広告があったので、

ご紹介します。

ちょっと照明がきつくてうまく取れなかったのですが…

 

img_6675

横顔と正面の顔が一緒になっています。

違和感なく接合出来ていてスッキリしてますね。

僕も、似たようなことをやってみました。

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三脚がなかったことと、

携帯の画像加工でうまくやっただけで、

クォリティは極めて低いですが、

まぁこんな感じで、

カップのような対称図形では、

あまり違和感はありませんが、

これが、非対称図形の場合は、

元の形がわからなくなります。

そんなわけで、ピカソの絵は理解しづらい、

構図になっています。

画商Tetsuの解説②:キュビズムは何がしたかった?

理屈はわかったよ。

でも、なんでそんなことをしたの?

ということは、すごく疑問ですよね?

それがどのように芸術的なの?

そう思いませんか?

僕ならそう思う。

キュビズムの芸術性は、

2つあると考えていいと思います。

1つは、観る者に想像力を要求する点。

もう1つは、現実ということに対する態度です。

言葉が難しいですが、

写真の様に、写実的に絵を描いたとして、

それが、

僕らが観ている現実に近いか?

これです。

そうですね。

 

例えば、夕日の写真を撮るとします。

綺麗だなぁっと思って撮った写真が、

全然自分が観たものと

一致しないことってありませんか?

それは、複数の理由があってそうなるわけですが、

おおよそは、構図の問題にあります。

人間というのは、すごく自分勝手に、

目に見えている情報の、

見たいところだけを拾ってくる習慣があります。

だから、自分のリアルな夕日よりも、

客観的な写真は、その臨場感が抜け落ちてしまうんです。

じゃあ、その技術を手に入れたとして、

写真が僕らのリアリティを完全に映すか?

完璧な構図で、写実的に描かれた絵が、

そのリアリティを出せるか?

ここに、キュビズムが考えたリアリティがあります。

キュビズムのリアリティとは、

それがカップとして観えたならば、

そこには見えていない持ち手も観えている。

人の横顔を見て、

それが、人の顔だとわかるなら、

そこに見えていない、

もう一つの耳があることも観えているじゃないか?

その方が僕らの知っているリアリティにより、

近いんじゃないのか?

こんなことが問題として提起されています。

こういう現実に対するストイックな問題意識が、

キュビズムのもう一つの芸術性です。

ピカソはこの技法を用いて、

本当に様々なものを描きました。

 

ピカソの優れた点の一つに、

このキュビズムという芸術的表現が、

入るのは間違いありません。

今では、もう広告になるほど、その表現法は、

ある意味知的表現として、残っているようです。

特に難しいところはないんですけどね(笑)

 

それでは今日はこの辺で

またね☆ミ

画商Tetsu

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